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staff blog園長室ブログ

ダイスケを偲んで

2012年6月12日

 永遠の命はない、と頭では理解していても、動物たちの死に現実として向き合う時、とてつもない空虚感におそわれます。ここのところ続いた動物たちとの別れ。チンパンジーのルナ、ライオンのウィル、そしてゴリラのダイスケ…。生きている命に重い軽いはなくても、長い間親しまれてきたこれらの大型動物の死は、やはりこたえます。もちろん私以上に毎日向き合ってきた飼育員の悲しみは計りしれません。思えば、いくたびもこの欄で動物たちの訃報を取り上げてきましたが、今回ほど続いたことはなかった気がします。

ダイスケの写真1
元気なダイスケ

 ルナとウィルのお別れ会をやったのが先週の日曜日(平成24年6月3日)でした。実はその少し前から、ゴリラのダイスケの様子がおかしい、元気がない、という話を聞いていました。現に、その前日はあまり採食ができず、またグランドへも出られず心配していたのですが、翌3日はグランドへ出て青草なども食べていたので少し胸をなでおろし、午前(ルナ)と午後(ウィル)のお別れ会を開いたのでした(今にして思えば、ルナやウィルのお別れ会だけはダイスケもグランドに出て参加したかったのでしょうか)。しかし、翌4日になると事態は急速に悪化。この日以降はグランドへ出られず、満足に採食もできない状態となりました。獣医や飼育員が、ダイスケの近くへ投げたり長い棒の先に付けたりなど、工夫しながら大好きなグレープフルーツやバナナ、水などを与えようとしますが、思うように口に入りません。森の王者らしく堂々としたシルバーバックの雄姿を見てきた私たちにとって、その姿はとても切なく、言いようのない悲しさがこみ上げてきます。

ダイスケの写真2
ナックルウォーク

 その後は、座っていることもできず横になったきり苦しそうに呼吸をするだけとなりました。点滴やカテーテルでの胃への栄養剤投与など、泊まり込みでの懸命の治療を続けましたが、10日の夜10時、とうとう帰らぬヒトとなりました。最後の瞬間こそ私は立ち会えませんでしたが、敷きワラの上に横たわり獣医の手当や飼育員に見守られている姿は、まさに病床における人間(ヒト)の最期の姿と何も変わりませんでした。瞼を開けることなく深い呼吸だけを続けるダイスケ、しかしその瞼の奥では、やはり4年前に亡くなったメスのゴリラ「アキ」との想い出を夢見ていたのではないでしょうか。

アキとの写真
アキ(上段)と一緒のころ

 ダイスケは昭和55年、推定1歳で当園にやってきました。そして昭和56年、2歳上のアキがやってきました。以来、2頭は31年間、同じ屋根の下で異国を遠く離れ、このかみね動物園で仲睦まじく、あるいは時折ふざけたり、ちょっかい出したり、無視したり、一時は別居状態にもなりましたが、ともかく一緒に暮らしてきたのです。アキが亡くなった時のことはこのコラムにも書きましたが(平成20年6月)、心筋梗塞で突然倒れた時、(当然ですが)真っ先に駆け寄り容体をみてくれたのはダイスケでした。アキの死も深い悲しみにおそわれましたが、ダイスケもそれは同じでした。ひとりぼっちとなったダイスケの心のすき間を埋めようと、飼育員はスキンシップでのトレーニングのほか音楽を聞かせたりお話をしたりしました。それはダイスケにとっても心の支えになったと思われます。

ダイスケの写真3
さようならダイスケ…

 日本のゴリラは、ダイスケの死により22頭となってしまいました。野生でもその数を減らし、飼育下でも貴重な存在となっていくゴリラたち。

 享年33歳。かみね動物園にとってもかけがえのない大きな星が、ひとつ落ちました。

ダイスケの写真4
天国でアキと仲良くね
 

(補足)ダイスケは平成24年6月11日、麻布大学病理学研究室(宇根教授)にて解剖していただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
なお、解剖結果では、心臓疾患、肺水腫、肝病変などがみられたようです。また、死亡前の血液検査では肝機能や腎機能の低下に加え、著しい低血糖状態となっていました。

こちらのサイトもどうぞ(最終回):どうぶつのくに(新しいウインドウが開きます)

2012年6月12日