プロフィール

日立駅からの日の出■位置

 日立市は、関東平野の北端、茨城県の北東部に位置し、南北25.9km、東西17.9km、面積225.78㎢を有しています。
 東は太平洋に面して風光明媚な海岸線を有し、西には阿武隈山地の支脈である多賀山地が連なり、温暖な気候と海・山の豊かな恵みを享受しながらも東京圏に近い、茨城県北部の中核都市です。
 人口は17 万9,000 人(平成30年6月1日現在)で、水戸市、つくば市に次いで県内第3位であり、市内中心部には、(株)日立製作所を始めとする多くの工場が立地し、国内有数の工業都市として発展してきました。
 本市は、東京から北に約150km、県庁所在地である水戸市からは約40km に位置しており、JR常磐線、国道6号、常磐自動車道などのネットワークで結ばれており、交通条件に恵まれた地域です。
 また、市域南部の久慈川河口付近には、茨城港日立港区があり、北関東における物流拠点として、国内外を結ぶ玄関口になっています。


■歴史

 「日立」の地名は、水戸黄門として有名な水戸藩二代藩主の徳川光圀公がこの地を訪れ、海から昇る朝日の美しさに「日の立ち昇るところ領内一」と称えたという故事に由来すると言われています。
 明治時代に日立鉱山の開発が始まり、その後、同鉱山の電気機械の修理工場が(株)日立製作所として独立し、その発展とともに人口の増加、産業の集積が進みました。1939(昭和14)年には、日立町と助川町が合併し、人口7 万3,604 人の鉱工業都市「日立市」が誕生しました。
 太平洋戦争末期には、相次ぐ戦災に見舞われ、壊滅的な打撃を受けましたが、高度経済成長の過程で、鉱工業を中心とした「ものづくりのまち」として復興、発展を遂げ、同時に、産業都市として独自の歴史や文化、コミュニティが育まれてきました。
 平成16 年には、地域の更なる発展と住民福祉の向上を図るため、十王町と合併し、現在の市域が形成されています。


■気候・自然

 本市は、東側が太平洋に面し、市街地の西側に多賀山地を抱えているため、夏は涼しく、冬は温暖で、四季を通じて寒暖の差が少ないという、関東地方の他の地域と異なる気候的な特徴を有しています。
 また、本市では、産業の発展過程で発生した公害問題に対し、自然環境を回復するために桜の植栽に取り組んできたことから、市内各所に市の花「サクラ」を見ることができ、特に「かみね公園」「平和通り」は、日本のさくら名所100 選に選ばれています。
 また、県北で一番長い33km の海岸線には、6つの海水浴場があり、伊師浜国民休養地内には、全国で唯一のウミウの捕獲場があり、全国の鵜飼地に送られています。


■基本情報

【人口】 179,222人(男性 89,643人、女性 89,579人)

【世帯数】 78,748人

【JR常磐線各駅】 (南から)大甕駅、常陸多賀駅、日立駅、小木津駅、十王駅

【常磐自動車道各インターチェンジ】 (南から)日立南太田インターチェンジ、日立中央インターチェンジ、日立北インターチェンジ 

※「人口」、「世帯数」は平成30年6月1日現在


■市章

市章

「日立」の「日」の字は、円で型取り、「立」は極めて巧妙な花に図案化し、「日立」の2文字を現しています。


■市の花・木・鳥・さかな

【市の花/サクラ】

市の花

ひたちの「ひ」の文字が5枚の花びらを構成するデザインです。市民が手と手をつなぎあい、市の花として大切に守り育てていくことを表現しています。

【市の木/ケヤキ】

市の木

日立市民による、あたたかく、力強い腕の輪によって、市の木を永遠に保存しようとする想いと、日立という文字を抽象的に融合してデザイン化されています。

【市の鳥/ウミウ】

市の鳥

太平洋から立ち昇る大きな太陽を全身に浴びて、輝いている市の鳥「ウミウ」の姿をデザイン化しました。

【市のさかな/さくらダコ】

市のさかな

大きくて、元気な「さくらダコ」をイメージに、デザイン化しました。



■姉妹都市等

国内親善都市 「桐生市(群馬県)」(1965(昭和40)年提携)

国内友好都市 「山辺町(山形県)」(2004(平成16)年提携)

「西の西陣、東の桐生」と称され、古くから織物のまちとして発展してきた桐生市。桐生市の子どもたちが毎年夏の臨海学校で日立市を訪れていたことがきっかけとなり国内親善都市となりました。

江戸時代後期、「助川海防城」が築城された際、初代城主に山辺町出身で水戸藩家老の山野邊義観(やまのべよしみ)公が任命された歴史的な結び付きを縁として、国内友好都市となった山辺町。古くから繊維産業が盛んなほか、さくらんぼなどの果物も絶品です。

国際親善姉妹都市 「バーミングハム市(アメリカ合衆国アラバマ州)」(1982(昭和57)年提携)

国際親善姉妹都市 「タウランガ(ニュージーランド)」(1988(昭和63)年提携)

鉄鋼業のつながりで姉妹都市になったバーミングハム市。同市から贈られた、まちのシンボルである「バルカン像」(ローマ神話に登場する火と鍛冶(かじ)の神)が、かみね公園展望台の傍にあります。

市民みこし訪問団や青少年の交流を通して姉妹都市になったタウランガ市。「タウランガ」とは、この地域の先住民族であるマオリ族の言葉で、“囲まれた水”“カヌーの錨(いかり)を降ろす場所”という意味で、ニュージーランド最大規模の商業港を有します。


■名誉市民

氏名 主要経歴 主な功績
根本 甲子男

・株式会社亀屋工業所代表取締役社長

・日立市観光協会会長

・日立市文化財保護審議会会長

・紺綬褒章受章(昭和38年6月)

・勲五等瑞宝章受章(昭和50年4月)

戦災による焼失や老朽化による消滅の危機にあった日立風流物を資料をもとに苦労の末に完全復元した。このことで戦後のまちの復興、再建に弾みをつけるとともに、江戸時代から伝承されてきた日立の民俗芸能の保存に大いに尽力した。(国指定重要有形・無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産に指定)
萬田 五郎

・日立製作所日立工場総務部長

・日立電鉄株式会社取締役社長

・日立市議会議員(昭和14年~22年)

・衆議院議員(昭和22年~24年)

・日立市長(昭和38年~50年)

衆議院議員を経て日立市長となり、「住むまち、働くまち、楽しむまち」の理念を掲げ、3期12年にわたり市政の発展に尽力した。特に、障害児・者及び高齢者のための施策に心血を注ぎ、「日立市太陽の家」をはじめとする福祉施設を整備したことに加え、市民参加の風土の醸成に貢献した。
立花 留治

・日立市水道事業管理者

・日立市長(昭和50年~平成3年)

・全国市長会副会長(平成元年~2年)

・勲三等瑞宝章受章(平成3年11月)

日立市長として4期16年にわたり「人間尊重・市民本位の市政」をモットーに、全国有数の普及率を達成した公共下水道の整備など、市民生活に密着した「うらどおりの行政」を展開した。また、常磐自動車道をはじめとする道路交通網の整備、日立駅前再開発事業を実現するなど都市基盤の整備に尽力した。
塚原 俊平

・株式会社電通

・国会議員秘書

・衆議院議員(昭和51年~平成9年)

 大蔵政務次官、労働政務次官、

 労働大臣、通商産業大臣

・正三位勲一等旭日大綬章受章(平成9年12月)

衆議院議員として8期21年にわたり労働大臣、通商産業大臣等を歴任し、産業振興及び労働者福祉の向上に尽力した。また、本市においては、日立港の整備、常磐自動車道日立中央インターチェンジの設置、日立駅前再開発事業の推進、さらには日立地区産業支援センターの整備等に大きく貢献した。
吉田 正

・社団法人日本音楽著作権協会会長

・社団法人日本作曲家協会会長

・日本レコード大賞功労賞受賞(平成2年12月)

・紫綬褒章受章(昭和57年11月)

・勲三等旭日中綬章受章(平成4年4月)

・国民栄誉賞受賞(平成10年7月)

昭和の歌謡界において数多くの名曲を世に送り続けるとともに、吉田学校と称されるとおり歌謡界の黄金時代を築いた優れた歌手を育てた。一方、地元企業の工場歌や学校歌などの作曲も手がけ、音楽を通して郷土日立とのつながりも深い。氏の没後、国民に夢と希望と潤いを与えた功績により国民栄誉賞が贈られた。

瀬谷 義彦

・茨城大学教授

・茨城キリスト教短期大学教授

・日立市史編さん委員会委員

・財団法人日立市文化事業団理事長

・勲三等旭日中綬章受章(昭和63年4月)

水戸藩の学問・教育に関するわが国屈指の研究者として、水戸藩郷校と尊王攘夷運動の研究で大きな功績を残した。また、県下初の市史となる日立市史をはじめとして県内自治体史の編さんに携わり、地域の歩んだ歴史を後世に伝える事業に力を注いだ。更に、日立市民文化事業団の設立と運営に尽力し、地域文化の振興に大きな足跡を残した。

(特別名誉市民)

ローガン・J・ファックス

・シカゴ大学心理学(カウンセリング)修士号取得

(昭和22年)

・シオン学園高等部開校(昭和23年4月)

・シオン学園カレッジ開校、初代学長(昭和24年4月)

・茨城キリスト教学園総長(昭和27年~36年)

茨城キリスト教学園(大みか町)創設の中心的な役割を果たし、今日の幼稚園から大学院までの一貫した教育機関としての学園の礎を築くとともに、わが国の短期大学制度の確立と教育相談(カウンセリング)のパイオニアとして多大な功績を残した。